インドへ行ってくるであります。
さて、その、古きは天竺と呼ばれたインド。
東インド会社とか、セポイの蜂起とか、世界史ベースの知識しかないです。
その、大学生のころ、インドといえば、一種の登竜門的存在だったような気がします。海外に一定の興味があって、旅にもすこし慣れてきた。そんなころ「そうだインドに行こう」と多くの同輩生が、西アジアのあたりに消えていきました。
なにか一種のステータスのようなものがありました。「君たち、ぜひ、インドへ行きたまえ!かの国に行けば世界が変わるぞ!」そういうふうに、あちらこちらに吹聴する人々が現れるくらいには、何か人を中毒にさせるものがインドにはあるのでしょう。
僕も海外に一定の興味があって、旅というものに、なにかを見出そうとしていた輩ではあったので、気にならないと言えばウソになるくらいにはインドに関心がありました。
ただ、一つ、気になる点があってどうしてもインドに行こうという意志を固めることができませんでした。それは、お腹をこわすということ。
僕のお腹の戦闘力について述べますと、僕の見た目からも伺えると思いますが、線の細いといいますか、はっきり言ってしまえば、軟弱ということです。
夏場にアイスコーヒーを飲めば一発KO。スパイシーなカレーを食べてもKO。見方をかえれば、オフィスがきれいで福利厚生が整っている優良企業のような風通しのよいお腹なのです。
くどい例えでした。お通じがよいのです。
というわけで、行ってまいります。
まずはバターチキンカレーだな。
来年の、2019年の、目標的なやつ
ハイサーイ。
どうも、京都人どす。(どすえ、みたいな現代人はたぶんいないのだろう)
12月なので、来年の目標、テーマ的なものを書いておきます。
2300字くらいあるので長いです笑
2019年のテーマとしては、
「自分にとっての価値のあることと社会にとって価値のあることを擦り合わせる」
です。
イマイチなんだな。
なんというか、この数年だんだんと、いい感じなんですね。自分が何が楽しくて、その楽しいことを一緒に楽しむ同志も増えてきて。
自分のやりたい方向性や、世界観的なものが、定まってくるし、それを実現していく手段もわかってきたというか。
自分たちだけで楽しんでいるのは、それはそれでいいし、閉じた中で完結するのも別にいいのだけど。いくらか世間、一般的に他者に理解してもらうこともしていきたいなと考え出したのです。間口を広げるというか。
よくわからんけど、それを言語化すると、
「自分にとっての価値のあることと社会にとって価値のあることを擦り合わせる」
というぼんやりとした目標になりました。もうちょっとイケてる何かに変わるかもしれません。
各論としてはこちらになるでございます。
・お金についてお勉強
・中国語を勉強する
・現代アート集団TEAM NIKOGORI
・絵やりたいな
・旅行と郷土史
・技術的にSNSを運用すること
順番にいきますと、
・お金についてお勉強
金融、株、仮想通貨、とかそういうの。あと税金とか。
何がなんだかわからないです。何がどういう関係性で、だいたいどんなメリットがあって、どんなリスクがあるかとか理解したいです。
実は、今年の目標だったのですができませんでした。再履です。再履っていやな言葉だな。
なりたい像としてはですね、ニュースで為替レートと日経平均株価とかが読み上げられた時に、「うほっ、あの株、上がるでやんすね」みたいなコメントが述べられるようになりたいです。
・中国語を勉強する
そろそろやろうかなと。
わしは労働者として英語が話せるのは強みでござる。しかしながら、グローバル時代の昨今、ちょっと英語できる人ならいるわけで。コモディティーでござる。
みたいなビジネス的な文脈というよりは、そこらかしこにいらっしゃるので、彼・彼女たちと話したいな、もどかしいな、思うことが増えたんですね。
大学でもいちおう勉強したし、今年の2月に大連に行ったときに、意外にわしの中国語が伝わったのがたのしくて。(まあ、何言っている全然わからんかったけど)
なりたい像としては、駅とか観光地で、なんとなく道に迷ってらっしゃる中華系の人に、「你有麻烦吗? 你想去哪里?」みたいな感じで話しかけて、受け答えしたいなと。
・現代アート集団TEAM NIKOGORI
もちろんお分かりかと思いますが、現代アート集団ではありません。集団ではあります。ウゾームゾーの集団です。
某友人と某友人となんらかのイベント企画して遊んでるだけです。
某友人とたくらみに巻き込まれて、なんだかちょっと変わった旅行や遊びをしてます。一般的にはあまり理解されにくいのは、重々承知ですが、これがけっこうたのしいです。
今年も、大連にいったり、紀伊半島を一周したり、ロシア映画をみたり。
札束が飛ぶのが、残念なところ。
そして、2019年には、ロシアのウラジオストクに行きます。シベリア鉄道に乗ります。
あとは、
明治時代のコスプレをして明治村にいきます。
あとは紀伊半島を一周したときの動画を作ったりします。
大人のプレゼン大会をするらしいです。
・絵やりたいな
なんとなくやりたいです。必要が写真をやり始めたときも思ったのですが、なんらかのアート性のあるものをやってみると、新しい視点や気づきがあって楽しいです。そういうのが好きなんだろうな。
絵は、中高生のときは、成績はわるくて、苦手でした。
でも、富嶽三十六景とか東海道五十三次とか、ああうい系の浮世絵や錦絵テイストな絵は好きで、せっかく京都に住んでるし、そういう絵師さんとかいるだろうから(勝手な推定)やってみたいなと思っています。
・旅行と郷土史
無職の期間、旅行のベンチャーの仕事をしていたのですが、兵庫県や奈良県の旅行プランを作っていました。そこでその土地の歴史や文化について調べたのですが、これが楽しいんだな。
自分の知っている、日本全体的な歴史と、その土地だけの歴史がつながっていく感覚が。その土地だけの物語のようなものを、じぶんで掘り起こしていくのがなんとも楽しくて。
楽しいしか言ってないですね。語彙がないのです。心をくすぐられるのです。
そのベンチャーには奉公仕事(ボランティア?)ベースで関わるのですが、自分のなかで歴史熱が再燃しております。
・技術的にSNSを運用すること
あんまりSNS使ってないんすよね。ツイッターをぼちぼちつぶやいたり、インスタで最近、近代建築をのせたりはしてますけど。
もうちょっと、技術的に社交をした方がいいのかなあと感じます。
基本的に、一定時間、一人の時間を確保しないと気が狂いそうになるのですが。
自分からもうちょっと積極的になった方がいいなと思うんです。前に他者へ積極的だった時期は、他人との距離感がわからなくて、自動的に距離を取られていました。
なので、相手も自分と関わりたいという雰囲気があればアクションを起こす的な、対人関係のリスクは最小化していました笑
なんとなく、常識とか、社会人として、みたいな感覚はなんとなくつかめてきたので(遅い)、もうちょっと社交性を出していきたいです。
その、一環として、SNSをもうちょっと積極的に運用していきます。技術的にフォロワー増やしてみたいですね。ゲーム感覚で。
アホみたいに長くなりましたが、2019年もぐちをよろしくお願いします。
繰り返される新しい生活
世間は、師走ということで、今年を振り返って、この一年を清算する態勢に入っております。
一方の僕は、と言いますと、ひっそりと新しい生活がはじまりました。
12月に新しい生活をはじめるということは、なんだか少し、アンバランスな感じがします。まわりは圧倒的に「よーし今年も終わるぜ」みたいな雰囲気。
なのに、僕だけ4月的な、桜が満開で、これからの生活が期待と不安を覚えているみたいな感じで、とても違和感があります。
新しい生活とはいえ、もうこれで何回目なのだろうか、と数えるのがめんどくさくなるくらいには、新しい生活をしているわけです。なんというか、新しい生活がルーティーン化しているわけです。
新鮮味という意味では、小学校に入ったときや、初めて海外に入ったときや、初めて就職したときの、感じではないですね。
あの、「何がこれから起こるのだろうか」という前がまったく見えないという感じ。そういう経験ができることは、ますます少なくなるでしょう。齢が、30歳をむかえようとしているのにも、納得がいきます。
まあ、どちらかというと、先が見えないことに、不安を覚えやすいタイプではありますので、歳を取ることはわるいことでもないなと思います。
だいたいそんな感じで、今日という日が過ぎていくわけであります。
ではまた
村上春樹、騎士団長殺しを読んで
読書感想文です。
ネタバレとか特に気にせずに書くので、そういうのを気にする人は、ご注意いただければ。
でも、たぶん、村上さんの小説ってネタがバレてもあんまり関係ないような気がします。
文章の節々からにじみ出る雰囲気とか、物語全体を通して読者の心に染み入る感じとか、そういうところがキモのような気がするので。
もちろん、個人の感想、偏見ではあるのですが。
といっても、今回書こうとしてるのは、内容について「あそこの表現がとても素晴らしい」とか「ここらへんくどくど書きすぎじゃないか」とか批評をするのではないです。
読んだ上で、感じたことについて書きます。内容から触発されたけど、内容そのものには関係ないです。
さて。
「宿痾」ってご存知ですか?
「しゅくあ」って読むらしいです。
意味としては、コトバンクによる(Wikipediaには載ってなかった)と以下のようなもの。
長い間治らない病気。持病。痼疾(こしつ)。宿疾。宿病。「宿痾に悩む」
要は持病のようなもの。そして、「騎士団殺し」の中では、その人持って生まれた病的な性質、あるいは、自分の意志ではどうしようもなくやってしまうこと。
そういった意味合いで本の中では使われていました。たぶん。
(ネタバレですよ)主人公の妻が、昔からどうしようもなくイケメンに惹かれてしまう病的な性質があるように描写されています。
まぁ、何が言いたいかというと、僕もとしては気づきがあったわけです。
「宿痾」というと漢語で大げさな感じはするけれど、論理的かどうかを超えて、ついついやってしまう行動やクセを持っている人っているな、と思ったわけです。
具体的な例をあげると、うーん、じゃあ、まずは僕の場合。
ストレスが溜まってくると、目の前にやるべきことがあってほとんど詰んでいたとしても、現実逃避がしたくて、どうしても、ゲーム🎮をやってしまうことですかねぇ。
ゲームをすると、常にストレスがある状態から一時的に解放されるからかなぁとは思ってます。
うーん、でもこれはあんまりいい例じゃないですね。
えっと、たぶん、僕の場合は、住む場所や仕事を転々してきたことが、これに当たるのかもしれないです。ついつい新しい刺激を求めてしまうところが。
さすがに、もう6回くらい引越ししてきたので、少しこの持病は落ち着いてきたような気がします笑
みなさんはどうでしょう?自分の胸を当てて思い当たることはありませんか?ついついやってしまう非合理的な習性が。
学校の先生みたいになってしまいました。
世の中みていて宿痾だと感じるのは、精神的追い込まれるとついつい風俗に走ってしまう人とか、ついついツイッターで人を罵倒してしまう人とか、そういうのです。
何ヶ月単位とか、何年単位でみていると、「ああ、この人はついついこうしてしまうのだな。こうせざるを得ないのだな」というところです。
あなたの宿痾はどこかな?
というところで今日はこれで失礼します。
ではでは
京都の生活がはじまってしまったわけで
いや、その、なんというか、1日目終わりました。
かれこれ、7回目くらいの引越しで、 この回数も記憶があいまいなのでテキトーに言っています。
引越ししてさっそく、引っ越しそばを食べに行きました。そばはそばでも中華そばなのでした。
やはり国際的な京都なので、お客様8名のうち、7名は異国の国籍を持つであろう人たちでした。(残りのお一人様は、私です)
特に欧米ではラーメンをすする音はマナー違反なので、どこか控え目にすすっている自分がいるのでした。
引越しというのは、これから新しい生活がはじまるということで、何かと気持ちがゆれ動くのですが、実はあんまり引越ししたての頃の気持ちって意外と薄かったりします。
たぶん、今回もそうなんですが、せっかく京都に住みはじめたのに、京都に来た!という実感がなくて、どういうふうに感情を処理をすればいいかわからないからです。
それよりもたいていの場合、退去する時の引越しの方がよく記憶に残っています。エモエモしく感情が残されていくからでしょうね。これで最後だと。
そんなかんじで、京都の最初の夜を、僕は所在なさげに過ごしました。この気持ちはなんだろう的なあれです。
ミニマリストのように、わずかなものに囲まれながら、本を読んでおだやかに過ごしました。
それでは
わたしは明日から京都府民
どうも、こんばんは。
明日から京都に住みます。
これまで、東京都民と大阪府民はやったことがあるので、あとは北海道に住めば都道府県制覇ということになりますね。(なりません)
転居の理由については、Facebookというオフィシャルな媒体においては、なんとなく遠回しな言い方をしましたけれども、いわゆる婚姻をいくらか前提としての転居となっております。
かといって、特に形式的なあれは、なにもしてはおりません。
契約関係は存在しません。
結納も、祝言も、まだです。(しないでしょうね)
まあ、あくまで自由恋愛の範疇を越えない程度の、将来的な職業選択を行ったわけです。そういう意味においては、僕はただのリスクテイカーで、頭の中がふわふわとキラキラとお花畑なのかもしれません。
そういう状況の中での、転職というわけでして、わたしはこれを、「準寿退社」と呼びたいと思います。
ええ、そうです。これが言いたかっただけです笑
お相手は、上場企業のマーケッターをしてらっしゃるバリキャリ女子です。
対して僕は、中小企業で毎日説教を受ける冴えない営業マンでした。
そして、我々の関係性は、ちょうど菊川怜氏とハズキルーペ(あるいはスマホ)のようなものです。
そういう将来性やパワーバランスを考慮したときに、私が準寿退社を選択するのも、ごくごく自然な流れなのです。
はい。(だいぶ話は盛ってます)
でも、まあその、どうなったとしても、納得した上で行動ですし、僕が転職したいからしたという自己責任であるというのは承知しております。
が、なかなか、今日的と言いますか、なんだかんだ婚姻においては、男性側についていく女性という話を聞いたりします。そういう現実もあるので、世間様的には風変わりな選択なのでしょう。
自分でも思い切ったことをしたなあと思うし、ときどき、「これから自分はどうなってしまうんだろうか」と、ふと、冷静に、我が身を案じることがあります。
そんなかんじで、諸般の事情で、わたしくめは、明日から京都に住みます。
自分の人生において、京都に住むというプランはまったく想像していませんでした。なんというか、もう、こうなってくると、僕はこういう転々としていく運命にあるのではないかと思ってしまいます。
やや長くなりましたが、引っ越し前の、所感でございました。
またお会いしましょう。
また地元を離れることになりました
また地元を離れることになりました。
高校生の時から、「いつか地元に帰って地元のために何かしたい」と思っていました。
なぜでしょうね。
なぜかはわからないけど、サケのような帰巣本能かもしれないし、渡り鳥のようなものかもしれない。なんにしろ、そう思うものは仕方ないのです。
それで、諸般の事情があって、とある中東のイスラム王国から日本に帰ってきたときも同じ気持ちでした。
地元に帰って何かしたい。
という焦燥感に駆られてました。
何を、何のために、誰のために、どうしたいとか、全然考えていませんでした。
とにかく何かしないとまずい。このまま帰らないままだと取り返しのつかないことになる。そんな意識でした。
どこか、地元に対して、ある種の幻想を抱いていたと思います。
この2年くらいで、いろいろやってみましたし、いろんな土地を回ってみました。
わかりやすく破綻している集落もあれば、
外国人観光客でにぎわう温泉街もあるし、
皆等しく高齢化するニュータウンもあるし、
人気のない山奥におしゃれなカフェもある。
簡単にいれば、地域によるわけです。
あと10年持たない地域もあれば、
20年持つか持たないかビミョーな地域もあるし、
50年後も残る地域もある。
100年後は知らん。
僕の地元に限っていえば、30年くらいは残るでしょう。親世代がそこで生き続けるでしょうから。
まぁ、いずれにしても、人がいて、特に子育て世代がいて、そして経済活動があって、はじめて持続可能なものになると思います。
経済活動というのが肝でして、親戚、小中高の同級生、マッチングアプリなどを通じて感じたのは、魅力的な仕事が少ないこと。
待遇がまともなのは、公的な色合いが強い職。
地方公務員、学校の先生、消防士、看護師、銀行。
そのほかは、両手で数えられるほどの地元の中小企業のどれかに勤めること。
それ以外では、なかなか意味合いが難しいですが、給与や労働時間など、何かしらの条件にキツさがある職。(あくまで個人の感想です)
いわゆる地域活性化、地域おこし、地方創生みたいな話をすると、政治性が出てくるので、ちょっとあれなのですが、この際、今の時点での考えを言っておきます。
僕の地元に限っていえば、行政的な活動にしろ、民間の活動にしろ、人口が減少する構造を変えることは難しいと思っています。
絶対的な人口が減少することと、若者が経済的に有利な都会へ出ていく構造がどうしようもないように感じます。
この国で、地方移住がまったく進まない根本理由が分かった(加谷 珪一) | 現代ビジネス | 講談社(2/3)
自動運転の普及と外国人の移住がそこに多少の影響を与えるとは思いますが。
そういう解決すべき構造が巨大すぎるので、
僕ができることは、地域の文化や歴史やそのほかの地域資源について知ること。そして、それを自分なりの形で発信したり、次の世代に残したりすることかなと考えています。
いずれにしても、僕はこれからも地元に関わり続けることは変わらないです。
ただ、このいかんともしがたい状況の中で、何をするのが、意味があって、かつ自分にとっても面白いとかなと考えているわけです。
全然、考えがまとまらなくて、書きなぐった感じですが、今日はこのへんで。
それでは