また地元を離れることになりました

 

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また地元を離れることになりました。

 

高校生の時から、「いつか地元に帰って地元のために何かしたい」と思っていました。

 

なぜでしょうね。

 

なぜかはわからないけど、サケのような帰巣本能かもしれないし、渡り鳥のようなものかもしれない。なんにしろ、そう思うものは仕方ないのです。

 

それで、諸般の事情があって、とある中東のイスラム王国から日本に帰ってきたときも同じ気持ちでした。

 

地元に帰って何かしたい。

 

という焦燥感に駆られてました。

 

何を、何のために、誰のために、どうしたいとか、全然考えていませんでした。

 

とにかく何かしないとまずい。このまま帰らないままだと取り返しのつかないことになる。そんな意識でした。

 

どこか、地元に対して、ある種の幻想を抱いていたと思います。

 

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この2年くらいで、いろいろやってみましたし、いろんな土地を回ってみました。

 

 

わかりやすく破綻している集落もあれば、

外国人観光客でにぎわう温泉街もあるし、

皆等しく高齢化するニュータウンもあるし、

人気のない山奥におしゃれなカフェもある。

 

簡単にいれば、地域によるわけです。

 

あと10年持たない地域もあれば、

20年持つか持たないかビミョーな地域もあるし、

50年後も残る地域もある。

100年後は知らん。

 

僕の地元に限っていえば、30年くらいは残るでしょう。親世代がそこで生き続けるでしょうから。

 

まぁ、いずれにしても、人がいて、特に子育て世代がいて、そして経済活動があって、はじめて持続可能なものになると思います。

 

経済活動というのが肝でして、親戚、小中高の同級生、マッチングアプリなどを通じて感じたのは、魅力的な仕事が少ないこと。

 

待遇がまともなのは、公的な色合いが強い職。

地方公務員、学校の先生、消防士、看護師、銀行。

 

そのほかは、両手で数えられるほどの地元の中小企業のどれかに勤めること。

 

それ以外では、なかなか意味合いが難しいですが、給与や労働時間など、何かしらの条件にキツさがある職。(あくまで個人の感想です)

 

いわゆる地域活性化、地域おこし、地方創生みたいな話をすると、政治性が出てくるので、ちょっとあれなのですが、この際、今の時点での考えを言っておきます。

 

 

 

僕の地元に限っていえば、行政的な活動にしろ、民間の活動にしろ、人口が減少する構造を変えることは難しいと思っています。

 

絶対的な人口が減少することと、若者が経済的に有利な都会へ出ていく構造がどうしようもないように感じます。

 

この国で、地方移住がまったく進まない根本理由が分かった(加谷 珪一) | 現代ビジネス | 講談社(2/3)

 

自動運転の普及と外国人の移住がそこに多少の影響を与えるとは思いますが。

 

 

 

そういう解決すべき構造が巨大すぎるので、

 

僕ができることは、地域の文化や歴史やそのほかの地域資源について知ること。そして、それを自分なりの形で発信したり、次の世代に残したりすることかなと考えています。

 

いずれにしても、僕はこれからも地元に関わり続けることは変わらないです。

 

ただ、このいかんともしがたい状況の中で、何をするのが、意味があって、かつ自分にとっても面白いとかなと考えているわけです。

 

全然、考えがまとまらなくて、書きなぐった感じですが、今日はこのへんで。

 

それでは

 

転職決まりました。

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転職決まりました。

 

外国にICT教材を売ります。

 

インド、ベトナムエストニアなどに行くそうです。

 

教材を作ったりもするそうです。

 

簡単にいうと、海外営業です。

 

僕は、はっきり言って、教育に対する熱意がものすごいタイプの人間ではありません。

 

でも、パワプロが好きなので、人が成長していくことには、それなりのこだわりがあるのでしょう(テキトー)

 

真面目にいえば、今の教育に対する問題意識はけっこうあります。構造が巨大すぎるけど。

 

 

転職するにあたって、考えたこと。

 

しっかりとしたビジョンがあって、それに共感できるところがいいなと思いました。

 

人の役に立っている実感が、もっと欲しいな思いました。

 

書いて説明すると、とてもごくごく普通のことしか言えないですね。

 

 

勤務地、収入、会社のビジョン、人の雰囲気、仕事内容、休日数、有給の取りやすさ

 

勤務地は京阪神で、あとは、それぞれのバランスを考えて、総合して決めました。

 

ああ、今思えば、それぞれの項目を5点満点とかで、数値化すればよかったな。

 

次やりますね。(それはダメなやつ)

 

 

また海外営業です。

 

もう最近は、「何がなんでも海外に行きたい」というわけでもないです。

 

どっちでもいいんです。

海外では何が起きるかわからない。

飛行機で寝るのはしんどい。

飛行機に乗るのがこわい。

 

「この飛行機落ちたら、終わりだな、、、さて、ここで、これまでの人生を振り返ってみましょう」

 

みたいなことを飛行機に乗るといつも考えています。

 

とまぁ、ネガティブなことを書きました。

 

でもまぁ、

 

外国に行くたびに、何かしらの刺激を受けるのは良いものです。

 

常識や上下関係を気にしすぎてるな、とか思ったり。

 

そして、何よりも好きなのは、世界の変化を感じられること。

 

ドバイにはアラビア人よりインド人が多いとか、

 

インドネシアの日本テイストのデザイン多いとか、

 

中国の大連には、そっけないけど、優しい人が多いとか、

 

そういうもの。

 

 

日本と外国を往復していると、そういう変化を感じて、「ああ、この世界に生きてるんだな、楽しいな、ありがたいことだな」と思うわけです。

 

その中で、理不尽なものをみて、たまには、ちょっとでもこの世界をマシにしたいな、とも思うわけです。

 

自分の生活が第一、なんですけどね。

 

だいたいそんな感じです。

 

あっ、そういえば、今度は京都に住みます。

 

ではでは

 

 

紀伊半島の思い出


こんにちは。

紀伊半島の話です。

今日は、どこからどこまでが紀伊半島でしょうか、というやつではないです。
僕自身が、旅の中で感じたもろもろについてです。


10月のある日、男8人、ハイエースと原付で出かけました。

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とてもインスタ映えとは、遠いところにあります。

 

 

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もちろん、熊野古道的な、観光地的な場所もまわりました。

 

 

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さて、ここまではふつうの人もお分かりいただけるかと思います。


ここからは、あまりに人に理解されにくい領域に入ります。閲覧注意とは言いませんが、オタク的、マニア的、頭大丈夫でしょうか、というものです。

 
少々、話が長くなりますがお付き合いくださいませ。


カロリーが高いと感じた方は、そっと閉じて、LINE返信へ。

 

 

はい。

 

僕は、社会人になってからですかね、明治から昭和の文化に興味を持つようになりました。

特に、その当時の生活が感じられるものを目の当たりにすると、喜びを覚えるようになりました。

 

例えば、このエアコンの室外機。

 

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今は、ホンハイ傘下、SHARP製のエアコンの室外機。

 

「シャープ」とカタカナで書いてある。

それに加えて、古すぎる字体、フォントが逆に新鮮味を与えます。

 

そして、時代の長さを感じるサビ具合。

これが、たまらないんですよ。

 

 

ん?

何言ってるかわかんない?

キモい?

お前をそんなふうに育てた覚えはない?

 

 

 

 

ええ。自分でもちょっとヤバイな、と思います。

 

 

たぶん、「田舎×文化」に憧れがあります。僕自身は田舎の人間ですが、田んぼを埋めてた住宅街の育ちです。

 

商店街もないし、神社やお寺もない。近所づきあいもない。あるのは、鉄棒とシーソーと砂場を取ってつけただけの公園。

 

スーパーはあるので、生活には困らないけど、どこか殺風景。

 

都会には遠く及ばないし、田舎と呼ぶには中途半端。

 

だからこそ、田舎らしさがある街、町、村には魅力を感じます。

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駄菓子屋さん

 

 

 

 

惹かれるものの共通点を挙げてみます。

 

過去の栄光、朽ちていく人の営み、帰らない時代のノスタルジー

 

そういうものに魅力を感じます。

 

というのは、僕らは2010年代を生きているわけです。

 

その一方で、スマホもパソコンも使わない。もっぱらメディアはテレビと新聞。海外旅行をしない。それどころか、自分の街からすら出たことがない。

 

そういう街や人がまだ存在しています。そこで人が、それぞれの人生を、生きている。

 

その生活感や人の営みに感動するのでしょう。

 

 

そして、特に、今回の旅でよかったこと。

祭。

 

三重県は熊野市。

 

 

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本当に、たまたま、訪れた日に、地元の、地元の人による、地元の人の(以下略)が行われていました。

 

祭だから酒を飲んでいるのか、酒を飲むために祭をしているのか、よくわからないくらいアルコール臭のする祭でした。

 

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はっきり言って、紀伊半島の端っこ。

 

にもかかわらず、老若男女がその祭に参加してました。この街では歴史や文化が引き継がれてました。


おそらく、50年後も残るでしょうね。 素晴らしい。

 

 

ここは本当に例外でしょう。


じいさんやばあさんだけが住んでいる集落は、10年持てばよくて、あと20年もすればなくなってしまいます。時限性があると思います。


そういう、消えていく日本の風景のようなものが、紀伊半島の魅力なんだろうなと思います。

 

集落、秘境、過疎地。

紀伊半島問わず、それらに惹かれるのでしょうね。

 

もう、今しか見られないかもしれないのだから。

 

そういう風景を少しでも残しておきたいな、という謎の使命感に駆られて、この記事を書きました。

 

今度はカメラ買って、周っていくかな。

ではでは

 

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続・転職活動はじめました。

 

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はい。以下の続編です。


 

gucci2017.hatenadiary.jp

 



というか、僕の話を聞いてください。

うん、まあ、人に伝える形にすることですこしずつ、自分の進むべき方向をかたちにしているというところです。

ご迷惑をおかけしております。

違うな。

お騒がせしております。

 


さて。


編集をするとか、出版するとか、なんとか言いかけておりました。

それはやはり、転職サイトのシステムの、誤作動というか、ただ自動送信の煽りでしかなくて、求人に応募したところで、速攻落とされるという結末なのでした。


はい。


その、給与とか、残業とか、給与とか、そういうことを考えると、僕ができることはやっぱり、中小企業的なところで国際的な仕事をすることが一番正解なのだろうなと。

そこらへんが僕がある程度志望することで、かつ、世間からも求められているところだろうと。

そういう形が、自分が与えられたモノ、培ってきたモノを発揮できるところだろうと。


まあ、応募するにあたって、

海外勤務になってしまったらどうしようとか、思っていたのだけれど、思いの外、交際相手の認識としては、「え?楽しそうじゃん」みたいなノリだったので、そういうことも選択肢に入れてみることにしました。

僕、個人的には、今回の退職自体も、準寿退社的な要素もありますので、僕のキャリアを主軸にして生きていくのは、ちょっと気が進まないところはありました。

昨今の、ダイバーシティー社会においては、すこし昭和チックな感じは否めないのですから。
とはいえ、そういう社会的な風潮を利用して、己が挑戦することを避けようとしていたところもあるのかもしれません。

それはそれとして、もし、彼女が東京に転勤になった場合には、私がホイホイついていくことも充分あります。そこらへんは、適宜相談しながら、人生の進路を決めていこうという結論でした。

まあ、何も契約じみた、形式的なことは何もしていない、なかなかのリスクテイカーなことをしております。だいたいそんな感じ、勢いみたいなかんじで、事は運ばれているわけです。

もちろんそれなりの報・連・相はしつつですけども。

なかなか、今後を占う時期に私はいるわけでして。

それでは


 

英語を生活に取り入れるマン


英語を生活にもう少し取り入れようかなと思っています。

英語をもっと上手になりたいという要素もありますよ、そりゃ。

それよりも、別の言語を通すことで、視点がずれる感じがけっこう楽しいんです。


だから、極端なことをいえば、ロシア語でも、アラビア語でもかまわないわけです。


たとえば、 スマホの言語を設定を英語に変えてみたんですね。



 

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そこで気づいたのはですね、読み方がわかるということ笑

けっこう、漢字が読めない地名というのは、なかなかたくさんあるわけでして、そういうときには英語で表記している方が助かったりします。

あとは、ルート案内を開始すると、めっちゃ英語で「ターンレフト、アットザ、セカンドコーナー」とお姉さんが説明してくれます。

僕は逆に、ドバイでGoogleマップをつかって、「シェルクザイードロードを左折してください」みたいなことがありました。

 


日本で生活していて、いろんな出来事を、日本語で処理をするのが、日本人にとっては当たり前のことですけれども、そうでもない人がいるわけです。

あえて、そういう視点を取り入れながら、生活してみるのも、ありかなとこの頃は考えています。

本を読むのも、動画をみるのも、英語のものを積極的に選ぶとか。

まあ、ふつうに、仕事とか、友達とのやりとりは日本語ですけど。ちょっとしたチャレンジですよ。

要は暇なんでしょうね。

さーて、今日も、無職無職。
(仕事がないので、社内でネットサーフィンをするの意)

中国語も勉強したいな。

ではでは


 

転職活動はじめました。


転職活動はじめました。

自分がやりたいことはなんだろう?
と考えるのはもう何回目なんだろうなと。

労働を楽しくしたいのはもちろんのことであるが、自分がやりたいことというのは、こうやって文章を書くことである。

そういう観点から、少しでも活字に関わる仕事を探している。でも、まあ、そういうことをしたい人種は一定数いる。だから、なんとも厳しい労働条件になる。

旧態依然とした働き方をしているところが多い。
わざわざ経験のない人間をとるのだから。

それでも好きなことができるのだから、と考えればそうだろう。でもそこまで虐げられて、そんなことをしたいか、と言われる自信がない。

私には選択肢がない。


だけど、唯一受けられる求人、一年で40%の人がやめる編集の仕事に応募してみようと思う。どれくらいか過酷な雰囲気かを見れば少しはあきらめもつくだろう。

 


では、そういう出版やら、記者やら、編集やら、そういうものから離れた場合。


僕は英語を使って仕事をしたことがあるから、国際的な仕事であれば、僕に対する需要はけっこうある。

現職がメーカーだということもあって、応募しやすい求人もメーカーである。

じゃあ、メーカーで働きましょう、というのが簡単な結論である。

メーカーには一つ、問題点がある。

組織も、システムも、人の考え方も、何かと昔ながらのところがある。今の会社がそれなのだけれど、慣れれば、それはそれで対応はできた。

ただ、もう一度、あえてそんな会社を受けたいか?と言われると、イエスと答える自信がない。


じゃあそれが嫌なら、ベンチャーで働いてみればいいじゃない?

ベンチャーにも一つ問題点がある。

というのは、、、

というような感じで、どんな仕事でも気になる点が目について、思い切った決断、覚悟がなかなかできないというのが、昨今の私なのである。


さて、これからどうしようか、と日々悩んでいるわけであります。

しかし、何を基準にこれから労働すべきなのかを決められず、とニッチもサッチも行かない状況でござる。

以上、窮状をお伝えしました。

五島列島に行ってきました(総括)

 

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鉄は熱いうちに打て。
と人々はいう。


たぶん、旅行の感想のブログも早く書いた方がいい。

そんなことはわかってるけど、
旅から帰ったあとは、疲れてるから寝たい。

 

寝ても、疲れが残っているから、また明日にしよう。
その明日も疲れが残っていて、また次の日にしようと思う。
そのあと、どうなるかは賢明の読者の方ならわかるはずだ。

そうやって、いくつもの旅の記憶が失われていった。


そういうわけだ。
しかし、今回の私は気力があった。えらい。


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五島列島に行った。

訪れる前は、地域おこしで聞いたことがあった。移住者が増えてたりして、なんだかイケてる離島らしい、と。そのくらいのイメージだった。

訪れた後は、もう何も言えなくなってしまった。
その旅から受け取ったものが多すぎて、選ぶ言葉がない。




もちろん、どの旅でもひとことで言い表すのは難しい。

「三連休どこのいったの?」

五島列島

「どこ?」

「長崎。今年、世界遺産になったんだ」

「ふーん。なにがあるの?」

隠れキリシタンの教会」

「ふーん」


以上を持って、会話が終了する。


はっきり言って、魅力的な旅行とは言いがたい。

金曜の仕事終わりに新幹線に乗って、博多に行く。24時発のフェリーに乗る。

土曜の朝、4時に島に放り出される。

日曜の朝、5時に次の島へのフェリーに乗る。

月曜は、10時間かけて家に帰る。

はっきり言って、異常だ。


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それでも、その異常さという引き換えに、
特別な経験もできた。

よくある旅の文句を並べれば、

流れている時間が違い、
人々の雰囲気が違う。

その地方の文化があり、
その地方の習慣がある。


要するにそういうことだ。


一つ具体的な話をするとすれば、

熱意をかんじた。

 


今年、五島列島の一部が世界遺産になった。

長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」というやつだ。
詳しくは、ウィキペディアでも見てもらえばいい。

 


その、今回、五島列島を訪れる中で、
まちを上げて、世界遺産になるために努力をしてきた人たちがいた。



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その中で、とある教会のボランティア説明員のじいさまがいた。

活動意欲のあるじいさまだから、なんといっても話が長い。

教会の歴史やら、世界遺産になるまでの経緯やらを説明してくれた。

まあ、個人にもよるが、だいたい5分あれば満足すると僕は思っていた。

ところが、10分経っても、20分経っても、説明は終わりそうになかった。


時間が過ぎるにつれ、いっしょに聞いていたクリスチャンのお姉さんたちや旅行好きの夫婦も、なんとなくその場を離れていった。

30分経ったとき、僕と交際相手しか、じいさまの話を聞いていなかった。

そして、交際相手は、油を注ぐように、どんどん質問をしていた。

これは、まずい。
もはや、じいさまと彼女で、世界が築かれていた。

最終的には、1時間くらい、二人は話し込んでいた。



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まあ、これは一例だけど、


今回は、たくさん、
熱意をもって生きている人に出会ったし、
熱意があって作られた教会を見た。


うまく言えないけど、
そういう人には確かに、
そういう場所には確かに、
雰囲気や気配のようなものを感じた。


あやしくなってきましたね。


俗に言えば、元気をもらった的な感じだろうし、

ちょっと怪しげな言い方をすれば、
パワースポット的な、スピリチュアルな感じだろう。


もう少しいえば、
教会のじいさまからにじみ出てる善良さには魅力を感じたし、
教会の建物からにじみ出てる高貴な厳粛さには身が引き締まった。


うまくは言えないけど、
その場に行かないとわからない特別さがそこにはあった。


何か信じるもののために生きている人は強いなと思った。
この受け取った熱意のような何かは一生残るだろうなと思った。

長くなりましたが、以上です。