続々:コロナの現状をみていての所見

こんばんは。

前回書いてから1ヶ月を超えてしまいました。 

 

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ちょっと書く気力があまりないので、簡単にいくつか述べておきます。

 

一つ、空気が変わった。

この1ヶ月は、非常事態宣言が出されて、それは欧米のような都市封鎖をするわけではなかったけど、人々は自粛を要請され、家にひたすらいることがあるべき姿だった。不要不急で外出している人には社会的な制裁が及ぶこともあった。

 

ただGWの終わり頃から、休業要請や非常事態宣言の解除の流れが現れはじめ、都市部や感染が多かった地域以外では5月15日から実際に解除となり、日常が少しずつ戻ってくるのではという雰囲気になった。

 

この1ヶ月振り返ると、

 

欧米のような感染拡大を懸念していたが、半分は正解で、半分は間違い。
前回書いた時点では、欧米各国では1万人ほどの感染者が出ていて、そういう意味では日本も同じような状況になった。

 

なったんだけれども、死者の数は思っていたほどは多くなかったし、1万人という数は外側から見れば衝撃的な数ではあるのだけど、内側からみていると、毎日徐々に感染者が増えていって、気が付いた時には超えていたというものだった。

 

楽観視していた面では、たいていの感染者は東京や大阪などの都市圏で、和歌山にいる私としてはそんなに、自分が感染のリスクがある、と危機感を覚える経験は多くなかった。

悲観した面では、地元に感染者が出たこと。私もそうだし、家族もどこかテレビの中の出来事のように感じていたが、この時には不穏な気分になった。あとはスーパーで人がごった返していた光景をみた時には感染するかもと不安になった。

 

あとは個人的な行動歴を書いておくと、リスクの低い環境を準備して、外出をすることもあった。公共交通機関は一回しか使わなかった。その時に結構な人たちが外出していることに気づいた。

 

テレビで外出を辞めよと語られていて、世論、空気的なところもそんな感じだった。空気はそうなのはわかっているが、という建前なんだろうなとも感じた。実態は自分の胸に手を当てながら、これならいいだろうと、これくらいなら大丈夫だろうと、それぞれのカタチの自粛があったんでしょうね。

 

今日(2020年5月12日)の時点で、累計で日本において約1万6000人、スペインは23万人、アメリカは137万人になっている。

 

中国は日常を取り戻していて、GW、メーデーの休暇では中国国内は旅行客で溢れかえっていたというニュースが流れた。韓国も同様だったがクラブで集団感染が起きた。欧米は引き続き感染者は出ているものの、ロックダウンは少し解除されていて、経済を回さんことにはどうにもならんという映像をちらっとみた。実態は詳しく知らん。

 

これから日本は、5月下旬から地方を中心に経済活動が再開していく。しかし、コロナの第二波も想定されていて、もはや3ヶ月以上前の生活には戻れない。これからどういうふうな落とし所になるのだろうか。「新しい生活様式」なるものも提案されているし。

 

めちゃくちゃ不況な感じになってきているが、大丈夫なのかしら。倒産、廃業、解雇みたいなものがこれから顕在化するんだろうな。

 

自分の仕事に関していえば、インバウンドはまだまだ待ちの姿勢が続くだろう。

 

個人的なことをいえば、7月を目処に結婚を予定しているし、11月には結婚式を予定している。そこらへんの諸々の動き出しのタイミングを伺っているが、今週末から何らかの動きがあるのだろうか。

 

 

 

さっと書くつもりだったが結構長くなってしまった。
また書きます。

続:コロナの現状をみていての所見

さて、この件。
つい先月に記事を書いていたので、改めて今の思うところを残しておこうかと。

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自粛ムードがいつまで続くのだろうと、嫌気がさしていたようですが、もっと長期間になりますね、こりゃ。

 

ただ、先月と比べると、コロナがどういう条件で感染するとか、中国では終息に近づきつつあるとか、スペインやイタリアでは増加ペースが減りつつあるとか、そういう傾向や流れを把握しつつあるので、不安が具体的なものになったと思う。

 

もちろん相変わらず、先行きに対して心配ですよ。ただ不透明な不安よりは具体的な不安の方がマシだということ。

 

心配するだけだと不安しか生まれないので、期間と判断基準を自分の中に持っておきたいですね。

4月中に終息した場合、6月中に終息した場合、9月中、年内、来年まで。

 

と先月は言っていました。あっそういえば、オリンピックは延期になったよ、3月の僕。

 

どうやら4月中には終息しないでしょう。これは間違いない。


いろいろここからは雰囲気・感覚で話しますけど、6月は東京では増加ペースが落ち着く可能性はあるけれど、終息はないかなあ。

 

大阪とか名古屋で感染が拡大するかどうかは全くわからん。

けれども、悪い方向に予想するのなら、GWまでに今の欧米的な状況に東京がなって、東京的な状況に神奈川・千葉・埼玉、大阪・兵庫がなるんでしょうね。そこから順番に地方にも波及する、と考えてます。

海外でも同様で、主要都市から第二の都市へと波及して、年内いっぱいはコロナの蔓延をベースにした世界観なのではと今日の時点では思っています。

 

そうなると、延々とこういった生活を続けなくてはならないのですかね?一度自粛ムードになったら、どこを区切りとして、日常は取り戻せるのでしょうか?

 

と、前回のブログでは書いたのだけれど、引け目なく外出ができる、通常の生活らしいものは、おそらく秋から来年の前半にかけてできる予想してます。

が、その「日常」も今年の反動やリモートでの生活を経た決定的な変化があるので、同じものではないのでしょうね。

 

良い方向に考えるのであれば、東京だけでもう少しだけ感染は拡大するものの、他の地方には波及しないで、今の中国のような状況に落ち着いた場合。

 

www3.nhk.or.jp

 

 

インターネット企業の百度バイドゥ)は3月中旬、ユーザーの移動を匿名で示したデータを公開した。このデータからは、北京市内のレストランの90パーセント、ショッピングモールの85パーセント以上が営業を再開したことが読み取れる。

新型コロナウイルスの影響が残るなか、中国は徐々に日常を取り戻そうとしている|WIRED.jp

 

こういう状態に日本もこの数ヶ月で近づくとなると、多分、夏から秋にかけて中国から旅行客を受け入れる可能性もあるのではないですかね。さすがに楽観的すぎるかなあ。

 

という感じで、僕たちは「引き続き続く長い瀬戸際」を生きていくわけであります。

 

www3.nhk.or.jp

 

冷静さと怒りと仕方ないよなあ、っていう感情を同居させながら日々を送っています。
8割くらい勘ですが、少し長くなりましたが、こんなところです。

 

ではでは

会社が一週間休みになったのでこんな風に過ごしました。

どうも。ご無沙汰してます。 

みなさん、いかがお過ごしでしょうか。

 

ほそぼそと近況でも書いてみます。

 

私はですね、インバウンド業界で働いてますので、諸般の事情もあって、会社が1週間休業になりました。何をしたのか記録的に残したいと思ったのでそれを。

 

あんまり内容はないですが、こんなことに興味があるのねこの人、と思って眺めてもらえれればと。

 

 

 

アマゾンプライム視聴、読書、ワイドショー視聴、Twitterを眺めるで日々が過ぎ去っていきました。

 

ひぐらしのなく頃に

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某友人がしきりに勧められたこともあり、いつか見たいとも思っていたので、この際にと思い、一気に見ました。ストーリーの構成が非常にロジカルで、続きが気になってどんどん見てしまいました。

 

最初の数話くらいで、グロいし、めっちゃ人死ぬし、怖いから万人受けはしない。

けど、根強い人気があるのもうなづけた。

ベースとなる50話(2006〜2007)の分を見た。17時間くらいかかったかな。普通に疲れた。

 

・痛いのは嫌なので防御力に極振りしたいと思います。

 

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会社の人にオススメしてもらったアニメ。最近放送が終了ばかりで、最近のアニメ事情も知っておこうと思い視聴。3話まで見て、そこから進んでいない。

 

 

NHKスペシャル

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追加料金はかかるけど、アマプラのプラットフォーム上でNHKのコンテンツが見られる。非常時の意思決定の参考にと、ひたすら戦争関係のものばかり見ていた。あと人口減少社会の話。

 

  • 8. 終戦 なぜ早く決められなかったのか

  • 61. 「村人は満州へ送られた~“国策”71年目の真実~」

  • 66. 「縮小ニッポンの衝撃」

  • 93. 「樺太地上戦 終戦後7日間の悲劇」

  • 112. 「縮小ニッポンの衝撃 労働力激減 そのとき何が」

  • 123. 「ノモンハン 責任なき戦い」

  • 154. 「全貌 二・二六事件~最高機密文書で迫る~」

  • 155. 「昭和天皇は何を語ったのか~初公開・秘録“拝謁記”~」

 

・読書

あと読書もしました。

 

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MaaSの普及はインバウンドにも影響あるでしょうし、サブスクで定額で移動ができるようになったら、住む場所の概念も変わるでしょうし。といっても期待されている反面普及していくのは2030年代以降と息の長い話らしいです。

 

 

 

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今回の自遊人はコミュニティデザイン的、まちづくり的な要素が多くあって、なかなか読みごたえがあったな。長野の松本市には行きたくなったな。

 

あとは、オンライン飲み会もやりました。一人は北海道にいる人と。あとは大学の友人グループで。時代だな。

 

こんな感じでした。 

また書きます。

ではでは

 

コロナの現状をみていての所見

記録的として残したいので、書いておきます。

自分の記憶ベースですから事実関係に誤認があってもお許しください。

 

コロナ。最初は中国で起きた感染症で、けっこう人が死んでいるらしい。やばい。

という認識でした。

 

旅行業界にいるので、なんだか嫌な感じだなと経過を見守っていました。その時は数年前に起きたMERSと比較していて、正直なところ他人事でした。

 

2月の頭くらいまでは、世間的にもそんな雰囲気ではなかったでしょうか。

 

武漢からの帰国者やダイヤモンドプリンセス号の件もありましたが、まだどこか他人事というか、まぁまぁ、そのうちなんとかなるでしょうという、楽観的な雰囲気もいくらか残っていました。

 

ただ、増え続ける感染症や岩田先生のYouTubeのアップあたりから、風向きどんどん悪くなってきたなと感じました。深刻さはありましたが、この頃まではテレビの中の出来事で、自分の生活にはまだ影響がなかったです。

 

 

しかし、ここ1〜2週間、安倍総理からの休校やイベント自粛の要請あたりから、決定的に世界観が変わりました。

 

明らかに世の中が混乱し始めました。不安から人々は不合理な行動が散見するようになったし、薬局の店員や役所の人や政治家が感情的に非難されるのは日常茶飯事になりました。

 

こういうのは見ていて気持ちよくありません。

 

さらに博物館や美術館などの公共施設も閉館してますし、百貨店などの店舗も通常より2時間短縮営業をしてます。

 

自粛、短縮、中止、延期。

あらゆるものがそうなっています。

仕方ないのはわかります。

 

ただこういう病気は引き続き感染者は増えるでしょうから(と、わたしは思っています)、終息するのは時間がかかることでしょう。

 

そうなると、延々とこういった生活を続けなくてはならないのですかね?一度自粛ムードになったら、どこを区切りとして、日常は取り戻せるのでしょうか?

 

こういう判断は非常に難しいです。何をもってという基準がないですから。世間の経済活動もそうですし、自分の業務にも影響しますし。最悪のことを考えると心配です。

 

心配するだけだと不安しか生まれないので、期間と判断基準を自分の中に持っておきたいですね。

 

4月中に終息した場合、6月中に終息した場合、9月中、年内、来年まで。

 

個人としての動きと世間の動きの想定とか。それで準備しておくと、不安もだいぶ具体的なかたちで考慮できそうです。

 

長くなりましたが、所見でした。

 

 

なんだかやる気が出ないんだな

どういうわけか。

最近、どうも調子がわるい。

酒を飲んでも、銭湯にいっても、筋トレをしても、全然ダメ。

 

仕事とか予定とかは、決まっているものだから、動けるんだけど、もう家に帰ったらダメです。気力がありませぬ。

 

だからまあ、できるだけ外に出た方がいいんかねえ。

 

こういう時は、往々にして、部屋が汚い。

今回もそれだったんで部屋を片付けた。

それでも変わらないのでどうしたものか。

 

バイオリズム的なものなのかも。

生活リズムが単調になっているかも。

とかいろいろ考えるんだけど、ねえ

 

ざっと最近はこんな感じです。

 

ブログ久しぶりだったので、簡単にとりあえず書いてみました。

 

ではまた

 

 

なぜ近代というものに惹かれるんだろうねぇ

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僕はだいたいこういう、近代建築が好きなんです。

 

はじめて小学校で、明治維新を習ったときに、それまでとは全く違う時代になってしまったんだなと衝撃を受けたことを覚えています。

 

文明開花とか、ざんぎり頭がどうのこうのとか、牛鍋をはじめて食べたとか、大日本帝国憲法とか、そういうものを習いました。

 

それまでの日本の歴史の中に、西欧由来のものを無理やり流し込んで、新しいカタチを模索しているかんじに惹かれるですねぇ。

 

それと、その、明治以降の話でも、時代は飛んで、

 

第二次世界大戦の話とか、地元では戦時中はこんな暮らしをしていたとか、戦後白黒テレビが普及して、じいちゃんは大阪万博を実際に見に行ってとか、そういういわゆる「近代」の歴史に、悪い点も含めて、どうも関心がある自分がいるのでした。

 

なんでかははっきりとは、わからないんです。

 

言えることは、リアリティがあること。今自分の生活に繋がってると感じられること。資料が他の時代に比べてがたくさんあること。それによって人間が多面的だと知れること。

 

話を広げすぎるとあれなので、近代建築に話を戻して言うならば、

 

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その建物が今まで残っているストーリーがあって、そこに当時の人たちのエゴ・野心・夢・希望のようなものがあって、建物を残しておこうと思う人々の想いがあって、そして絶対的な時の流れがある。

 

そういういわゆるロマンに、いわゆるエモを私は感じずにはいられないのでしょう。

 

そしてそのロマンの数が時代を経るごとに、老朽化やら都市開発やらの大人の事情で、減っていくんだろうなって考えると、自分の世代で失ってはならないという使命感にも駆られるんですねぇ。

 

ちょっと熱が入りすぎましたが、いろんな言い換えをして、語りましたけど、今回考えた結果、近代には、日常が、手垢のある生活感が、一人ひとりの暮らしが、感じられるから好きなのでしょう。

 

その結論だと、意外と現代であっても、生活感が感じられる資料(写真、動画)でも刺さる可能性がありますねぇ。

 

今日はこのへんで

ではまた

 

 

 

失われた年末年始の呪術感

こうありたいとか、こうなりたいとか、相変わらず苦手なんだなと前回の記事を書きながら思いました。

 

世の中には特に振り返りとしないで生きている人たちもたくさんいるのに、それでも来年の目標など、何かを目指そうという自分を強迫させるものはなんだろうね。

 

あけましておめでとうございます。

2020年ですね。 

21世紀も来るところまで来ましたね。

 

新年を迎えての感想は、とにかくやる気が起きない。なんなんだ。とてもぼんやりしている。それについては、時間が解決してくれるので待ちます。

 

でまぁ、一つ書き残しておきたいのは、年末年始感がまったくないこと。

 

なにが原因なんでしょうね。私が歳を取ったからでしょうか。29日まで仕事をしていたからでしょうか。

 

年末年始にある独特の呪術感がない。時の流れ方が異様で何か住んでいそうなあの感覚がない。

 

特に根拠はないのだけど、

 

餅つき、年末の掃除、鏡餅、おせち等々あらゆる行事が簡素化・廃止されたからでしょうか。

 

式典のように個々の儀式を行うことで醸成される雰囲気がなくなったような感覚がします。

 

あるいは、ネットやらであらゆるものを接続された結果、年末年始の特別感がなくなって、日常の延長になってしまったからでしょうか。

 

よくわからないですが、何かが、失われてしまったのでしょう。

 

といっても、そもそも、既に自分が育った時代も何かが失われた後なのかもしれませんが。

 

そんなかんじで元旦を過ごしています。